Venice Santa Monica Free Methodist Church
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牧師紹介:橋本元


 2006年秋に、8年間住み慣れたハワイのマウイ島から家族4人で渡ってきました。マウイの生活が体に染み付いていて、今も正装はアロハシャツ、妻(永津子)はムームー、そして手にはウクレレを持って、主を讃美しています。人呼んで「ウクレレ牧師」。讃美は楽しく、礼拝は喜び、人生は希望と感謝をモットーにしています。


プロフィール:

私は大阪で生まれ、小さいときから父の転勤で、何度も引っ越し、転校を繰り返してきました。北九州や横浜にも住み、15歳の時、ロサンジェルスに引っ越して来ました。当然、初めは英語が全く分かりませんでした。地元の高校を卒業後、加州ロングビーチ大学、パサデナ市立大学を経て、シアトルのユニバーシティ・オブ・ワシントンで建築を学びました。


建築家を目指していましたが、卒業後アメリカで仕事がなく、仕方なく日本に帰って、父親のコネで久保田鉄工(現在クボタ)に入社しました。日本を離れた9年間のギャップは大きくて、日本の会社になじむのは相当大変でした。会社内で「外人」と呼ばれたのもこの頃です。この間に、妻、永津子と大阪国際教会で出会い結婚しました。


サラリーマン10年目に、今度は神様に呼ばれて、牧師に成るために再びアメリカの神学校に渡りました。サウス・カロライナ州にあるコロンビア神学校で、4年間学びと訓練を受けました。卒業後シアトルで副牧師を5年経験、ハワイのマウイ島で8年間小さな日本語教会の牧師をして、30数年ぶりに、またまたロサンジェルスに戻ってきました。本当に神様の導きは驚くばかりです。


神様は私に遠回りをさせ、いろんなことを経験させて下さいました。渡米、英語に悩み、外国人学生として扱われ、日本に帰ってからは、逆カルチャー・ショック、サラリーマンの苦い経験などなど。そのおかげで、日本から留学する学生に対しても、サラリーマンに対しても、同じような経験をしている分だけ身近に感じます。 


家 族:

妻(永津子)は大阪の人。大阪弁が標準語と言わんばかりに、どこに行ってもバリバリの大阪弁でしゃべる心臓の持ち主。妻との間にティーンエージャーの二人の娘がいます。長女はマリ・アンナ(19歳)、次女はエリカ(15歳)で、ふたりともアメリカ生まれですが、日本語(大阪弁)も話します。そしてもうひとりの娘(?)は犬のリリー(10歳)で、この子もマウイから連れてきました。


今後の目標:

2007年の初めに、教会が100人に成長する夢が与えられました。これを夢で終わらせるのではなく、現実にして行くために、具体的に必要なものを求めて行きます。 教会のみんなが心を一つにして、愛し合い、助け合い、赦し合って行くとき、神が豊かに教会を祝福し、成長させてくださることを信じ、祈りつつ一歩ずつ歩んでいます。

 

 
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